2013
05.31

うにゅほとの生活552

2013年5月31日(金)

「だいじょぶ……?」
「──…………」
無言で首を横に振る。
「まど、あけるね」
ガラスサッシの開く小気味良い音と共に、生ぬるい風が頬を撫でた。
「だるい……」
とにかく倦怠感がひどかった。
普段はまず感じない頭痛もする。
暑くて仕方がないくせに、布団を剥ぐと寒くなる。
「かぜ?」
「風邪、なのかなあ……」
熱はない。
寒気もしない。
吐き気も特にない。
言葉では言い表せないが、初めて感じる具合の悪さだった。
「おかゆ、つくる?」
「いい……」
食欲もない。
「──……とにかく、寝る」
「うん、おやすみ……」
後ろ髪を引かれるような素振りで、うにゅほが自室の扉を閉めた。
二時間ほどで目を覚ますと、すこしだけ復調していた。
「だいじょぶ?」
「さっきよりは……」
「ごはん、たべる?」
「いや、なんか食欲ない──」
自分の言葉に、ふと閃くものがあった。
「××、携帯貸して」
「はい」
うにゅほからiPhoneを受け取り、ブラウザを起動する。
「ゲームするの?」
「いや、ちょっと調べもの」
ある病名で検索すると、当てはまる症状がいくつも出てきた。

・全身の疲労感
・体がだるい
・無気力になる
・めまい
・食欲不振
・下痢
etc...

それだけではない。
なにより、原因に心当たりがあった。
「夏バテだ……」
「──……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「なつ……?」
「いや、俺も五月に夏バテはおかしいと思うけど」
日当たりの良いベランダに設置された温度計が、32℃を示している。
明確な原因と症状があるのだから、夏バテなのだろう。
「これがそうなのか……」
思えば夏バテとは縁遠い人生だった。
「ほんとになつばて?」
「たぶん……」
経験がない以上、断言は難しい。
日没を迎え、涼しくなるにつれ、体調は戻っていった。
「××も気をつけろよ」
「どうすればいいの?」
「──…………」
即答できないのであった。
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2013
05.30

うにゅほとの生活551

2013年5月30日(木)

菜園に除草剤を撒くよう、祖母に頼まれた。
ホームセンターで買ってきた除草剤は顆粒状タイプで、濡れた地面に撒くとその効力を最大限に発揮するらしい。
「というわけで、プランBだ」
「はい」
プランAは存在しないが。
「ひとりが如雨露で水を撒いて、もうひとりがそこに除草剤を振りかけていくことにしよう」
「おー」
「どっちやりたい?」
「じょそうざい」
役割分担が決まったので、さっそく作業に入った。
菜園の奥は日陰になっているため、雑草のみならずコケまで生えている。
水を撒く必要性に疑問を感じながら、まんべんなく湿らせていく。
「……××」
「?」
「そんな、地面が見えなくなるくらい撒かなくてもいいんだ」
「そなの?」
「だって、庭の面積に対して除草剤が明らかに足りないだろ」
「あー」
うにゅほが、除草剤の容器を耳元で軽く振る。
「はんぶんくらいになっちゃった……」
「なっちゃったか」
なっちゃったものは仕方ない。
「ごはんに対するふりかけくらいのかんじで撒くのだ」
「けっこうおおい?」
基準が俺だと、多いかもしれない。
「じゃあ、いなり寿司のなかの胡麻くらいで……」
「わかった」
十分ほどで作業は終わった。
大して疲れたわけでもないが、とにかく日差しがきつかった。
五月上旬には雪すらちらついていたというのに、春をすっ飛ばしていきなり夏である。
日陰の縁石に腰を預け、しばし休憩することにした。
「じょそうざい、きくかなあ」
「効くんじゃない?」
「なんでみずまくの?」
「顆粒が溶けて、地面に浸透するんだと思う」
「あ、ありだ」
「なんか久しぶりに見たな」
「ざー」
「除草剤かけるなよ……」
うにゅほは、小さな虫に対し妙に厳しい一面がある。
大きい虫には弱い。
「網戸に虫こなくなるやつ、買ってこないとなー」
「きくの?」
「よくわからん」
「えー」
「でも、使わないで蜘蛛なり蛾なりが入ってきたとき、絶対に後悔すると思う」
「あー……」
後ろ向きで後ろに歩いた結果、前のほうへ進んでいる。
「キンチョールとハエ叩きを部屋の各所に設置しておかないとな……」
「そだね……」
夏は等しく訪れる。
虫にも、虫嫌いにも。
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2013
05.29

うにゅほとの生活550

2013年5月29日(水)

プリン専門店を見かけたので、買ってみた。
ワンカップ大関くらいの大きさのビンに、ねっとりとした濃厚なプリンが詰まっている。
「おいしい」
目を丸くしながら、うにゅほがそう呟いた。
たしかに美味しい。
高級感とかはよくわからないが、すくなくともコンビニのプリンと違うことは間違いない。
「でも、四百円か……」
かと言って、値段相応かと問われれば、閉口するほかない。
「おいしいよ?」
「ああ、美味しい。美味しいとも」
これがいただきものであれば、素直に味わうこともできただろう。
でも、これひとつで四百円なのだ。
家族全員分で、合計二千四百円なのだ。
一般的なアルバイトが三時間働いて、給料がプリン6個だったらどうだろう。
論点がずれていることは承知の上だが、スプーンを口へ運ぶたびに百円玉四枚が脳裏をかすめていくのである。
「貧乏人はプッチンプリンでも食っとけということなんだろうか……」
「プッチンプリンおいしいよ」
「そうだな、美味しいな」
「ぎゅうにゅうプリンもおいしい」
「ちっちゃいプリンは?」
「たべたいな」
「今度見かけたらまた買おうな」
「うん」
値段なんて気にせず味わうのが、最も賢い食べ方には違いない。
「××」
「?」
「あー」
うにゅほに顔を向けて、大きく口を開ける。
「あーん」
プリンをたっぷり乗せたスプーンが、口のなかに差し入れられた。
ねばりけのある独特の食感が、舌の温度でじっとりと溶けていく。
「……美味い」
さっきまでよりは、美味しく感じられた。
たまには贅沢もいいだろう。
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2013
05.28

うにゅほとの生活549

2013年5月27日(月)
2013年5月28日(火)

大腸内視鏡検査でポリープが発見された。
ポリープと言うと聞こえは悪いが、実際には検査のついでに切除してしまったくらいのものである。
サイズも小さく、医師からも良性だろうと聞かされた。
「ああ……」
そっと嘆息する。
ポリープの切除は、検査ではなく手術である。
術後の経過観察のため、一泊二日の入院が確定したということだ。
そのことを電話でうにゅほに告げると、
「そう……」
溜め息混じりというか、もはや溜め息がなんとか言葉を成しているような声が返ってきた。
「いや、明日帰るから……」
「うん……」
このままでは埒が明かないので、弟に代わってもらい、着替えや薬などを持ってくるよう頼んだ。
あてがわれた病室でごろごろしていると、弟を付き従えたうにゅほがやってきた。
「◯◯、だいじょぶ?」
「あえて言うなら大丈夫じゃないくらい暇だった」
「もうだいじょぶ?」
「ああ、大丈夫」
持ってきてもらった荷物を確認すると、歯ブラシがなかった。
「あー、じゃあコンビニで買ってくるわ」
そう言い残し、弟が病室を出て行った。
うにゅほと談笑していると、iPhoneが震えた。
弟からのメールだった。
『××面会時間の終わりまでいたいって言ってるけど、ちょっといないくらい慣れとかないとまずくない?』
たしかにそうである。
同意のメールを送ると、すぐに返信があった。
『じゃあ、一時間くらい話したら帰るわ』
返信はせず、iPhoneを仕舞う。
「だれ?」
「友達」
うにゅほは俺に依存している。
それはわかる。
しかし、兄の勘は言う。
弟は、面会時間の終わりまで病室にいるのも、一度帰ってから迎えに来るのも面倒だったに違いない。
たかが一泊の入院だ、そりゃそうである。
しばらくして、名残惜しそうなうにゅほを引き連れ、弟は帰っていった。
テレビを見たり、本を読んだり、iPhoneをいじったり、とにかくぷちぷち暇を潰すうち、やっと消灯時間になった。
病院の硬いベッドで悶々と一夜を過ごし、弟の運転で帰路についた。
うにゅほは一緒ではなかった。
「××は?」
「うとうとしてたから、置いてきた」
「眠れなかったのかな」
「さあー」
「昨夜はどんなかんじだった?」
「なんか、家中すごい掃除してた……」
落ち着かなかったのだろうか。
帰宅すると、うにゅほが自室のソファでいぎたなく眠っていたので、貼り付いた前髪を指先で払った。
「ぁふ……」
あくびを噛み殺す。
明らかに寝不足だ。
うにゅほの寝床で横になると、いつの間にか二時間ほど経っていた。
「おかえり」
枕元にうにゅほがいた。
「ただいま」
体を起こす。
「なんか、腹減ったなあ」
昨日から、クソ不味くて食べた気がしないくせに異常に腹に溜まる流動食しか口にしていないのだ。
「なにかつくる?」
「おかゆでいいよ。まだ、消化にいいものしか食べちゃいけないらしいから」
「はーい」
小走りで台所へ向かううにゅほの背中に声を掛ける。
「卵落として、ニラ入れて、塩気は多めでお願いします!」
「りょーかー」
うにゅほ謹製の卵がゆは、たいへん美味しかった。
成長したなあ。
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2013
05.26

うにゅほとの生活548

2013年5月26日(日)

今日は母親の誕生日だった。
うにゅほと折半して、そこそこする本革のハンドバッグを贈ると、けっこう喜んでくれた。
「よる、やきにくだって」
「焼肉かー」
久しぶりである。
弟の誕生日以来ではないだろうか。
「どこの焼肉屋?」
「……なんとかえん?」
わからないことがわかった。
「行ったことあるとこ?」
「たぶん、ないとこ」
「ふうん」
焼肉である。
当たりは数あれど、ハズレはむしろ珍しいだろう。
「ね、◯◯」
うにゅほが俺の袖を引いた。
「だいじょぶなの?」
「なにが?」
「あの……おしりのやつ」
そう言いながら、うにゅほが自分のおしりを押さえた。
「内視鏡? それは明日だし──……」
思考がしばし停止する。
「食事制限だ……」
「うん」
大腸内視鏡検査前々日からの食事制限を忘れていたわけではない。
今朝の食事だって卵がゆにした。
しかし、母親の誕生日と食事制限とが脳内で結びついていなかったらしい。
「……俺のぶんまで食べてきてくれ」
「わたしも」
「いいからみんなで行ってきなさい、後生だから」
ここで残られても、逆に心苦しい。
後ろ髪を引かれるようにして、うにゅほは家族と出かけていった。
俺の夕食は、冷凍の素うどんだった。
「ただいまー」
「おかえり」
「はい!」
意気揚々と帰宅したうにゅほが、ハングルの書かれた板ガムを差し出した。
「あ、懐かしいな」
焼肉屋のレジに無料で置いてある、マッハで味のなくなるガムである。
「ガムならいいよね」
「ああ、ありがとう」
気持ちだけ嬉しい。
「それより、髪の毛からぷんぷん漂う焼肉の香りを嗅がせるのだー」
「はい」
うにゅほがこちらに背中を向ける。
素直である。
うにゅほの髪の毛を思う存分嗅いだ結果、腹が減った。
豚バラの一切れでいいから食べたい。
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2013
05.25

うにゅほとの生活547

2013年5月25日(土)

部屋を綺麗に整理したことで、その弊害がデスクの引き出しから溢れ出している。
「というわけで、今日は引き出しの掃除をします」
「はい」
「急ぐこともないし、ゆるゆるやろう」
「ゆるゆる」
まず、すべての引き出しをソファに並べる。
見られては困る品はあらかじめ移動させておいたので、その点は心配いらない。
「なにすればいいの?」
「とにかく中身がぐちゃぐちゃだから、種類別に分けよう。
 文房具は文房具、診察券は診察券ってかんじで」
「うん」
十五分後、
「……一生分のシャー芯が出てきたな」
「すごいね……」
「定規が五本にハサミが四本、爪切りが何故か三本あって、ついでに新品か使い古しかわからん電池がたくさん、と」
恐らく、使う機会が訪れるたびに、探すより買ったほうが早いという判断を下し続けてきたのだろう。
百均の功罪である。
「これ、にまいあったよ」
うにゅほが、黄色と青の原色が特徴的なードを差し出した。
「Tポイントカード?」
たしか、期限が切れていたような。
「……え、二枚?」
裏返してみる。
去年の7月に有効期限が切れたカードと、2006年に切れたカードだった。
「いくらなんでも捨てろよ俺……」
めまいがしてきた。
「あと、めもちょう」
「これも一生分あるな……」
一冊二百枚として、千枚以上もなにをメモすればいいのだろう。
「あと──」
しばらく戦果の確認が続いた。
昔の手紙やプリクラなどについて一悶着あったが、冗長になるので省く。
「──やあっ……と、終わったー!」
「おつかれです」
「こちらこそお疲れ様です」
「つかれた?」
「なんか、久しぶりに腰が痛いよ……」
「だいじょぶ?」
「大丈夫」
立ち上がり、大きく伸びをする。
「××は疲れてない?」
「うん、たのしかった」
「楽しかったかあ?」
「むかしのたくさんあったから」
うにゅほが笑顔でそう言った。
しばらく休憩して、夕食を食べた。
内視鏡検査を控えた食事制限のため、俺だけ冷凍の素そばだった。
腹の虫をなだめすかしながら、今日は筆を置くこととする。
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2013
05.24

うにゅほとの生活546

2013年5月24日(金)

「あー……」
洗面所の鏡の前で、前髪を掻き上げながら唸る。
「ほーしたの?」
頬袋にアーモンドを詰め込んだうにゅほが、こちらを振り向いた。
「白髪が増えた気がする……」
「しろくないよ?」
「見てわかるくらいなら、もう悩まない年齢だろうよ」
膝を曲げ、前髪を上げる。
「ほら」
「?」
「よく見て」
「あ、ほんとだ」
見たかんじ、数本はある。
「くろうしてるの?」
「苦労──……してるのかな……」
難題である。
「上のほうにもあるか、見てくれるか?」
「あったら、ぬく?」
「頼む」
「けぬきもってくる」
ソファの肘掛けに手を置きながら、完全に膝をつく。
「わさわさー」
髪の毛を探られる感触が、心地良い。
「あ、あった」
「そりゃ前髪だけってことないよな……」
「ぬくよー」
「ああ」
「いたいよ?」
「いいよ」
ちくっとした痛みが走る。
「いたくない?」
「痛くない」
そうして何本か抜いてもらったところで、ふと思い出したことがあった。
「ずっと前の職場で、子供たちに白髪を抜いてもらったことがあったな……」
「そなの?」
「ちょっと頼んだら、入れ替わり立ち替わり色んな子に随分抜かれてさ」
「うん」
「真剣にやってくれるもんだから、頼んだ手前もういいよとは言いづらくて」
「あはは」
「てことは、あのころから白髪あるな……」
べつに増えてなかった。
しばらくして、
「──おわり!」
うにゅほがぽんと手を合わせた。
「全部抜けた?」
「たぶん」
「じゃあ、今度は俺が枝毛を探してあげよう」
「おねがいします」
なんとなく髪をいじりあった午後だった。
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2013
05.23

うにゅほとの生活545

2013年5月23日(木)

「耳栓はいいんだけど、汚れやすいのが難点だなあ」
ポリウレタン製の耳栓の先が、わずかにくすんでいる。
「みみそうじしないと……」
「してるよ!」
人聞きの悪い。
「寝てるあいだずっと着けてるんだから、いくら綺麗に掃除しても、耳あかが付着するのは仕方のないことなんです!」
「そなの?」
「そうなの」
「とったとき、ふいたりは?」
「──…………」
視線を逸らす。
「してないの……」
「だって寝起きだから」
「うん」
「あと、水で拭いたりとかは駄目らしいんだよね、たしか」
「みずすうから?」
「たぶん」
「きのこのみみせんは、みずすわなそう」
きのこの山のような形状をしたシリコンゴム製の耳栓のことである。※1
「あんなの着けたら寝てられないよ……」
長時間装着していると耳が痛くなってくる上、肝心の遮音性も低いため、引き出しの肥やしと化している。
「一応、なんとかできそうなものはあるんだけど」
「なに?」
立ち上がり、本棚に置いてあった小さなボトルに手を伸ばす。
「これ、使えるかと思って」
「しょうどくよう、えたのーる?」
「すぐに揮発するから、水よりはましかなーと」
「えたのーるって、なに?」
「簡単に言えば、高濃度のアルコールかな」
「まさか……」
疑いの眼差しを向けられる。
「こんなん不味くて父さんでも飲まないよ……」
「そっかー」
うにゅほが胸を撫で下ろした。
俺はともかくとして、父親のことをなんだと思ってるのだろう。
「消毒用だから、消毒ができる」
「うん」
「ティッシュに含ませて、拭いてみよう」
「やってみたい」
「いいよ」
エタノールを含ませたティッシュと、耳栓をひとつ、それぞれうにゅほに手渡した。
「ふくよー」
そう宣言し、糸を縒るようにぐりぐりと拭き始める。
大胆な力加減である。
「……わ!」
耳栓の表面が、すぐにぼろぼろと剥がれ落ちた。
「やっちゃった」
「駄目か」
「ごめんなさい……」
「俺がやっても同じだろうし、謝らなくていいよ」
6個入り百円だし。
「やっぱ、汚さないように使うしかないのかな」
「うん」
なにもかも都合よくは行かない、ということである。

※1 2013年4月23日(火)参照
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2013
05.22

うにゅほとの生活544

2013年5月22日(水)

「──てっ!」
熱いものに触れたときのように、思わず指を離す。
「また、せいでんき?」
「ああ……」
恐る恐るフロントドアに触れ、改めて閉める。
「静電気って、時期ものだと思ってたんだけど……」
「なんか、おおいね」
「××は?」
「──…………」
無言で首を振る。
静電気が頻発しているのは、どうやら俺だけであるらしい。
「なんとかしたいなあ」
「ねー」
「靴底が伝導体でできた靴とかないかな……」
靴底をアースとして、静電気を逃がす仕組みである。
いかにもありそうだ。
「……くつ?」
うにゅほが小首をかしげている。
「せいでんきじょきょしーとにおさわりください……」
「ガソリンスタンド?」
「せいでんきなくすのは、あのくろいやつじゃないの?」
「あれでも除去できるんだろうけど、靴底が絶縁体じゃなければそもそも必要ない」
「?」
「裸足になれば、基本的に静電気は起こらない──というか、溜まらないよ」
「──……?」
うん、わからないと思ってた。
「えー……なんと説明すればいいか」
静電気は、物体同士の電位差が原因である。
水が高きより低きに流れるように、接続された物体は電位を等しくしようとする。
その際に起こる放電が、一般的に「静電気」と呼ばれているものだ。
靴底から電気伝導を行うことができれば、地球と同じ電位となり、多くの場合静電気を防止することができる。
それでも、他の人間や、ゴムタイヤで絶縁されている自動車に触れるときは、放電が起こる可能性を消すことはできないが。
「──…………」
そこまで考えて、ふと気がついた。
電気というものを感覚的に理解していない相手に対し、言葉のみを使って短時間で説明することは、不可能ではないまでも難しいのではないか。
これは、学力や知能の問題ではなく、体感や経験の問題である。
うにゅほに限らず、理系に明るくない方であれば、言葉では理解できても実感までは得られていないだろうと思う。
「……雨降りそうだから、さっさと入るか」
「うん」
ふとしたところで言葉の限界を悟ってしまった。
もやもやとしたものを抱きつつ、図書館の玄関口へと足を向けた。
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2013
05.21

うにゅほとの生活543

2013年5月21日(火)

二年ほど前に痔の手術をした際、内視鏡検査で発見された大腸ポリープをついでに切除した。
どうもポリープのできやすい体質らしく、二年経ったらまた来てくださいと医者に言われていた。
「というわけで、27日に大腸内視鏡検査を受けてきます」
「はい」
「二日くらい前から、いろいろ準備があるみたい」
「どんなの?」
「えーと……」
病院で渡された書類に目を通す。
「とりあえず、食事制限がある」
「せいげん?」
「ごはんとか、魚とか、消化にいいものしか食べちゃ駄目なんだってさ」
「なんでだろうねえ」
「そりゃあ、便が残ってたら検査に支障が出るからだろう。汚い話だけど」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
あ、これわかってない。
「……大腸の検査なんだから、尻からカメラを入れるんだよ」
「!」
はっ、と表情を変える。
「だいじょぶなの……?」
「大丈夫は大丈夫だけど、でも嫌なものは嫌だけど、背に腹は代えられないし……」
複雑なのである。
「けんさ、だよね?」
「検査だよ」
「すぐおわるよね?」
「すぐ終わるよ」
「そっか……」
うにゅほが胸を撫で下ろす。
「あ、でも、ポリープが見つかったら入院って書いてるな」
「えっ!」
うにゅほが思いのほか驚いた。
「けんさなのに?」
「検査でポリープが見つかったら、内視鏡についてるハサミみたいのでそのまま切除するんだよ」
「せつじょ……」
「入院って言っても、次の日には帰れるんだから心配ないさ」
うにゅほの頭に右手を乗せて、朗らかに言った。
「──…………」
うにゅほの顔は曇ったままである。
「入院なら、弟だってしてたじゃないか」
「うん……」
「なんだ、さみしいのか」
「ちがくて……」
違うのかよ。
「よる、◯◯がずっといないの、ないから……」
「俺がいないこと?」
「うん」
「──…………」
深夜に帰ってくることはあっても、外泊したことはなかったかもしれない。
結局さみしいんじゃないか。
「あー……ポリープ、ないといいな」
「うん……」
ぽすん、とソファに腰を下ろす。
うにゅほは、不安げな様子でしばらく髪をいじっていた。
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