2013
02.28

うにゅほとの生活461

2013年2月28日(木)

「あ!」
帰宅して革靴の紐を解いているとき、階段の傍にいたうにゅほが声を上げた。
「ねこのえだ!」
浮ついた表情で、斜め上前方を指さしている。
「猫?」
その単語は聞き捨てならない。
こころもち慌て気味に靴を脱ぐと、うにゅほの隣に寄り添った。
視線を上げる。
「あー……」
そこに、額縁があった。
曲がり階段の突き当たりに飾られた、三匹の仔猫が遊ぶ可愛らしい絵だ。
「これが、どうかしたのか?」
「?」
「どうして小首をかしげる」
「これ、いつかったの?」
「えー……、と」
目を閉じ、眼球を上に向けながら、記憶を探る。
「この家を建てたときにはもうあったって聞いたから、たぶん三十年くらい前じゃないか?」
「──……?」
「だから、どうして首をかしげる」
「え、だって……」
うにゅほの指先が、指し示すものを求めさまよう。
「え?」
「え?」
会話が噛み合っていない。
「いつからあったの?」
「だから、三十年くらい前だと思うよ」
「ずっと?」
「俺が子供のときから、ずっとここに飾ってあるけど」
「え……?」
「──…………」
じわじわと、なんとなくわかってきた。
「もしかして、だけどさ」
「うん」
「ここに額縁があること、ずっと気づいてなかったの?」
「──……うん」
「そっかー……」
実のところ、理解できなくはない。
下から数えて僅か数段のところに階段の曲がり角があるため、視界に入る時間が極端に短い。
一段目などは自然と足元を気にしてしまうので、余計である。
なにより、
「この額縁、やけに位置が高いからなあ」
真正面の踏み板に立ったときでさえ、額縁の下端が俺の頭上にある。
視界に入りにくいことは否めない。
「──……あー……」
でも、一年半か。
それくらいあれば、生まれたばかりの赤ん坊もつかまり立ちをするのではないか。
「まあ、そういうこともある……と、思うよ」
俺の下手ななぐさめに、
「──…………」
うにゅほがずうんと肩を落とした。
「あ、そうだ、ほら、近くで見てみよう!」
階段を上がり、うにゅほを手招く。
「……?」
「この絵、よく見ると立体になってるんだよ」
「わ!」
「すごいだろ」
「うん!」
ころっと機嫌の直ったうにゅほの隣で、静かに胸を撫で下ろした。
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2013
02.27

うにゅほとの生活460

2013年2月27日(水)

iPhoneで音楽でも聴こうかと、引き出しからカナル型イヤホンを取り出した。
コードを伸ばそうとして、不意に言葉を失った。
「からんでいる……」
失っていないじゃないか、という点は、お目こぼしいただきたい。
日記にタイトルを付ける習慣があったとするなら、間違いなく今日は「イヤホンコード、からむ」の巻だ。
それくらい、こんがらがっている。
「──…………」
無言でコードと格闘する。
ちなみに俺は、知恵の輪が苦手である。
「だー!」
あきらめた。
名誉のために述べておくならば、能力的に不可能という意味ではない。
コードを解くイライラと面倒くささが、音楽を聴くというそもそもの動機を上回ったのである。
許されるなら、引き千切りたい。
しかし、2480という謎の数字が脳裏を行ったり来たりする。
たとえ百均のイヤホンでも、そんなことはしないけど。
「ほどけないの?」
俺の手元を覗き込みながら、うにゅほがそう問い掛けた。
「解けないの。ほら、ぐちゃぐちゃだ」
イヤホンをぽんと手渡す。
「軽く巻いて仕舞っただけなのに、なんでそんなことになるんだろう」
「へんだねえ」
「今はあきらめた。あとでやる」
「やってみていい?」
「いいよお」
やりたがるだろうなあ、とは思っていた。
うにゅほのことだから、案外すぐに解いてしまうかもしれない。
「──……んぁー……」
期待半分で伸びをしていると、
「あ、できた」
「ぬぇ!?」
変な声が出た。
うにゅほの手元に視線をやると、たしかにコードが解けている。
「は、はやくない?」
「そかな」
「参考までに聞くけど、えー……どうやったの?」
「?」
小首をかしげる。
「いや、だから、どういう方法で解いたのかなと」
「──……?」
質問の意図がわからないらしい。
「ふ、ふつうに?」
「普通か……」
「くるってなってるとこ、こう、ひっぱって──」
「あー……」
ジェスチャーを交えて説明してくれているところ申し訳ないが、わからん。
結び目ができるほどではないにしろ、十数秒でどうにかなるものでもなかったと思うのだが。
それともまた、あれか。
単に俺が不器用なだけなのか。
半々あたりを落としどころにしておきたいのだが、どうか。
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2013
02.26

うにゅほとの生活459

2013年2月26日(火)

東京から帰省した友人と久闊を叙し、馴染みの中華料理店で昼食を取った。
相変わらず、美味い。
追加の海老中華丼をふたりで分けて、満腹のまま帰宅した。
「ただいまー」
「──おかえり!」
玄関の扉を開くと、うにゅほが階段を駆け下りてきた。
「おかえり」
「ただいま」
うにゅほの前髪を左手で掻き上げ、靴を脱いだ。
「おみやげあるぞ」
右手に持った小さな紙袋を、うにゅほの眼前で軽く振る。
「おー!」
うにゅほの瞳が輝きを増した。
友人の恋人は、うにゅほにやたら贈り物をしてくれる。
あまり高価なものではないため、気軽に受け取れてありがたい。
「なかみ、なに?」
「いや、俺も知らない。部屋で開けよう」
「うん!」
家人と挨拶を交わし、自室に戻る。
カバンを下ろし、コートを掛けるあいだ、うにゅほは行儀よくソファで待っていた。
うにゅほの隣に腰を下ろし、軽く頷いてみせる。
「じゃ、あけるね」
「なんだろうな」
紙袋を開く。
「わ」
「えー……──」
なんだこれ。
「毛糸の……なんだこれ、なにかだ」
「シュシュだ」
「シュシュ? あの、髪をまとめるやつ?」
「うん」
手に取って、伸ばしてみる。
「あ、本当だ。なかにゴムが入ってる」
こういうのって、手編みで作れるものなのか。
「けっこう可愛いじゃん」
「うん!」
びよんびよんとシュシュを引っ張りながら、嬉しそうに頷いた。
「試しに、髪を──」
言いかけて、言葉を止めた。
今日はおさげである。
「♪」
「待たれよ」
三つ編みを解きはじめたうにゅほを制する。
「今は手首にでも付けておいて、試すのは寝る前にしよう」
「?」
「もったいないので」
「あー」
うにゅほが手を下ろす。
理解ある同居人でたいへん喜ばしい。
「ああ、そうだ。もうひとつおみやげがあるんだよ」
「ほんと?」
カバンを開き、コンビニ袋を取り出す。
「ミルキーのプリンを買ってきた──……ん、だ」
カバンに戻す。
上下に振れたのか、ぐちゃぐちゃになっていた。
結局、ふたりで仲良く食べた。
美味しかった。
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2013
02.25

うにゅほとの生活458

2013年2月25日(月)

なにをもって過ちとすべきか。
あてもなくふらふらとドライブに出かけたことが、そもそもの間違いと言えば言える。
だが、想像してほしい。
今日は天気がよく、うららかな日和だったのだ。
豪雪続きで気が滅入っていたのだ。
うかうかと外出したところで、斟酌の余地しかあるまい。
「──……ゆき、すごいね」
「ああ」
さて帰ろうかという段になって猛吹雪に見舞われたとしても、それは不可抗力というものだ。
「──……くるま、うごかないね」
「ああ」
吹雪が引き起こした渋滞に引っ掛かったとして、責められる謂れがあるものか。
「××」
「うん?」
「なんか、ごめんな……」
心のなかで言い訳を唱え続けたところで、誤魔化せないものは誤魔化せない。
「出るときに天気予報さえ見ていれば、こんなことには」
「──……う」
うにゅほが言葉に詰まる。
謝られても、返答に困るよなあ。
「携帯でいつでも見られるようになってから、天気予報って急に見なくなったなー」
徐々に話題をスライドしていく。
「そ、なの?」
「前は、テレビの天気予報とか結構チェックしてたんだけど……」
「みてないね」
「見てないな」
視線を前方に戻す。
ダンプの尻と雪の壁に彩られた窮屈な景色は、一向に変化する様子がない。
「いつでも見れると、見なくなるもんだな」
「そかな」
「借りてきたDVDはすぐに見るけど、うちにあるDVDはあんまり見ないだろ?」
「あー」
「たぶん、そんなものなんだろう」
「そんなものかー」
「そんなものだー」
「──…………」
「──…………」
会話が止まる。
オーディオから流れるジャズの音色が、沈黙を満たしていく。
「あー……」
「?」
「なんか、おなかすいたな」
「うん……」
薄明るい青色のデジタル数字が、午後七時半を示している。
夕飯時には帰れまい。
「次にセブン見かけたらさ」
「うん」
「おでん買って、車のなかで食べようぜ」
「おー……」
「名案だろ」
「──…………」
幾度も頷く気配が、助手席から伝わってくる。
「デザートも食べよう」
「うん」
「なにがいい?」
「……か、かりんとうまんじゅう」
「渋いなー」
適当に会話をしながら、セブンイレブンに寄って帰宅した。
どっと疲れる一日だった。
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2013
02.24

うにゅほとの生活457

2013年2月24日(日)

「漬け物、掘り出したってくれ」
祖母の言葉が脳裏に反響する。
降りしきる牡丹雪のなか、俺は途方に暮れていた。
「つけもの……」
金属製のシャベルに体重を預けながら、うにゅほが呟くように問い掛ける。
「つけもの、どこ?」
「灯油タンクの横、だったと思う」
「とうゆタンク、どこ?」
「そこに埋まってる」
屋外用オイルタンクは、自宅のすぐ横に設置されている。
傍にある駐車スペースの積雪は約1メートルだが、均一な積もり方はしていない。
壁際に限って言えば2メートルを優に超えている。
高さが2メートル近くある屋外用オイルタンクが埋没するに充分な積雪量である。
「つまり──、だ」
空を仰ぎながら、言葉を漏らす。
「1メートルの高さの雪の壁を打ち壊して、1メートルの深さの穴を掘らなくちゃいけない。
 ここまではいいか?」
「うん」
「しかし、そこに漬け物樽が埋まっているとは限らない」
「……うん」
「見つかるまで、それを繰り返さなきゃならない」
「──……うん」
「宝探しみたいで楽しいな」
「むりしないで……」
「しかも、それで見つかるのが、漬け物の樽だなんて……」
大仰にうなだれて見せる。
「俺、漬け物あんま好きじゃないのに」
「わ、わたしはすきだよ」
「××は、よくポリポリ食べてるもんな」
「うん」
「漬け物、好きか」
「うん」
「雪の壁を掘り返すほど?」
「──…………」
うにゅほの顔が凍りつく。
ああ、いかんいかん。
うにゅほを困らせるつもりではなかったのだ。
「……まあ、頼まれちゃったからな」
「うん……」
「父さんも、母さんも、××も、婆ちゃんの漬け物を楽しみにしてるわけだし」
「うん」
「俺は食べないけど……」
「──…………」
どうにも愚痴っぽくなっていけない。
「よし、やるか!」
「──…………」
「おー!」
「お、おー……」
「俺がシャベルで雪を掘るから、××はとにかくダンプで運びだしてくれ」
「うん!」
屋外に出て五分、ようやく作業を開始した。
幸いなことに、二度目の掘削で漬け物樽を見つけ出すことができた。
掘り出す際にも一騒動あったが、愛用の手袋が漬け物臭くなっただけなので割愛する。
「漬け物、好きか」
「うん」
白菜の漬かり具合を味見して確かめる祖母とうにゅほの姿を見ながら、アンニュイな気分に浸る日曜の午後だった。
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2013
02.23

うにゅほとの生活456

2013年2月23日(土)

「ほあー……」
玄関をくぐったうにゅほが、目の前の景色に感嘆の息を漏らす。
家の前の通りにロータリー除雪車が入り、窮屈だった道幅が綺麗さっぱり広くなったのである。
しかし、感嘆の理由はそれだけではない。
「かべだ……!」
道路の両脇に雪の壁がそびえ立っていた。
根雪まで削り取る除雪車が創り出した、雪国特有の光景だ。
さながらモーゼが割り開いた海底の道のようである。
「の、のぼっていい?」
「落ち着け」
うにゅほの頭をガッと掴む。
「だめ?」
「駄目じゃないけど、すこし待ちなさい」
腰をかがめて視線を合わせると、雪壁を指して諭すように言った。
「よく見てみなさい」
「うん」
「雪の壁に、灰色のラインがあるね」
「ある」
「なんだと思う?」
軽く思案し、うにゅほが答えた。
「きたないゆき?」
「そう、汚い雪の層だ」
雪壁は断層に似ている。
気温が高かった日の雪の層は、解けて汚れているのだ。
「それで、××が着ているものは?」
「──……コート」
「色は?」
「すごいうすいちゃいろ」
「ベージュな」
「べーじゅ」
「登ったらどうなるか、わかるな」
「うん……」
うにゅほから視線を外し、背筋を伸ばす。
雪の壁を登りたい、ねえ。
気持ちはわかるんだけど、あまり女の子らしい発想とは言えない。
「だめかー……」
残念そうに呟いたうにゅほに、悪戯心で提案する。
「いや、駄目じゃないぞ」
「?」
「要するに、コートが汚れなければいいわけだ」
「うん」
「父さんが使ってた冬用の作業着があるから、それならいくら汚したって構わない」
「!」
その手があったか、という顔をされた。
「ううん……」
首を回しながら、うにゅほが唸る。
「そこまでは……」
我に返りかけているらしい。
「おばあちゃん、まってるし」
病院まで祖母を迎えに行くところだったのだ。
「帰ってきたら?」
「……やらない」
名残惜しげなうにゅほを乗せて、自動車のエンジンを掛けた。
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2013
02.22

うにゅほとの生活455

2013年2月22日(金)

今日は2月22日である。
にゃんにゃんにゃんで猫の日である。
「ついに来たか……」
プチエクレアをつまみながら、物思いにふけっていた。
「──……××」
「んぅ?」
頬いっぱいにあんまんを詰め込んだうにゅほが、こちらに視線を寄越す。
「今日って、なんの日か知ってるか?」
「きんようび」
「それはまあ、金曜日だけど」
俺の求めている答えではない。
「ヒント、2がみっつ並んでいます」
とにかくうにゅほににゃんにゃんと言わせたかった。
「んー……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「!」
そして、すかさず警戒態勢を取った。
「ひっかからない!」
「ちっ」
どうやら、先月の記憶を呼び起こしてしまったようだ。※1
「それはそれとして、なんの日でしょう」
「──…………」
警戒している。
「なーんのー日だっ」
「……あ、あひるのひ?」
「あひる?」
「あひるのかたち……」
「──……あー」
そんな歌があったような。
「あひるが三羽で?」
「あひるさん」
「あひるの鳴き声」
「があがあがあ」
「ふむ」
これはこれで。
「でも、違います」
「──…………」
うにゅほが、だろうねという顔をする。
「ほかには?」
とにかくうにゅほににゃんにゃんと言わせたくて仕方がなかった。
「えー……──」
深く思案し、絞り出すように答える。
「えがおのひ……?」
「笑顔?」
「ふふふ、で、えがお」
「なるほど……」
感心してしまった。
「でも、笑顔の日でもないんだよね」
「──…………」
「わかってるんだろう?」
にやりと口角を上げてみせる。
気圧されたように、うにゅほが口を開いた。
「ね、ねこのひ」
「どうして?」
「にゃん、にゃんにゃん……だから」
「──…………」
しばし焦らしたあと、
「正解!」
と、うにゅほの頭を撫でた。
「え、せいかい?」
きょとんと俺を見上げる。
「今日は猫の日だよ」
「そうなの……」
「あ、でも、おでんの日でもあるらしい」
「おでん?」
「熱々のおでんに、ふーふーふーと息を吹きかけるからだって」
「ふうん……」
うにゅほににゃんにゃんと言わせることに成功したので、今日の仕事は終わりです。

※1 2013年1月11日(金)参照
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2013
02.21

うにゅほとの生活454

2013年2月21日(木)

「──…………」
眼鏡がずり落ちるくらい、雪が積もっていた。
ふたりぶんの足跡が、車庫へと破線を連ねている。
うにゅほが母親と外出していることを、心の底から感謝した。
どちらかと言えば穏やかな性格と自覚しているが、雪かきという行為は、善人をたやすく悪鬼へと変えてしまう。
目算で一時間半コースともなれば、尚更である。
不慣れなうにゅほに苛立つ自分など、想像すらしたくない。
「──……あー……」
一時間半の苦行を終え、玄関に腰を下ろした。
天井を見上げ、うめく。
なにもしたくない。
どれくらいのあいだ、そうしていただろうか。
「あっ……」
自動車の排気音が、鼓膜を叩いた。
母親とうにゅほが帰宅したらしい。
おもむろに立ち上がり、肩の雪を払った。
悄然としているさまを見せたくはない。
玄関の扉を開き、母親が顔を出した。
母親は、雪かきの礼を言うと、さっさと二階に上がってしまった。
ばたん。
音を立てて、扉が閉まる。
すりガラス越しに、薄いベージュのコートが覗いている。
苦笑して、玄関を開いた。
「わ」
「おかえり」
「た、だい、ま……」
フードを目深にかぶり、両手で頭を抱えている。
「なーに恥ずかしがってるんだよ」
「だって」
「フード取って、見せてくれよ」
「……わらわない?」
「笑うと思う?」
「すこし」
信頼度が下がっている。
「……じゃあ、とるね?」
そう言って、おずおずとフードを上げていく。
「おー……」
「──……どう?」
「前髪、さっぱりしたな」
母親と、美容室に行ってきたのだ。
記憶が確かならば、およそ半年ぶりになる。
「うん、似合うよ」
「ほんと?」
「というか、切る前がもさもさだったからな……」
きちんと手入れをしていても、限界はある。
「後ろ、どれくらい切ったんだ?」
「ちょっとまってね」
うにゅほがコートを脱ぎ、背を向けた。
「うわ、ばっさりだな!」
「うん……」
とは言え、背中の中央に届くほどはある。
「前はちょっと長すぎたな」
「うん」
「座るとき、おしりの下敷きになるくらいだったもんなあ」
「たまに、いたかった」
うにゅほの前髪を右手で掻き上げながら、口を開く。
「さっぱりして、いいと思うよ」
「でも、さみしい……」
そう呟きながら、自分の背中に手を回す。
髪の毛の感触を探しているようだった。
落ち着かないのだろう。
うにゅほは、自分の髪をとても大切にしているから。
「また伸びるって」
「そうかな……」
「そこは疑問に思わなくていいだろ」
談笑しながら、自室へ戻った。
雪かきの疲れは、いつの間にか感じられなくなっていた。
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2013
02.20

うにゅほとの生活453

2013年2月20日(水)

祖母を連れ、近所のスーパーへと赴いた。
頻度が少ないぶん、一度に買う量が半端ではない。
「ぐ、ぬぬ……──」
パンパンに膨れたエコバッグの持ち手が、指の腹にずしりと食い込む。
持てないほどの重さではない。
指が死ぬほど痛いことを除けば、なにひとつ問題はない。
「だいじょぶ……?」
うにゅほが気遣わしげに俺の顔を覗き込む。
「大丈夫──……だけど、ゆびがいたい……」
指の筋力を総動員し、持ち手を手のひらに巻き込んだ。
今度は手のひらが痛むけれど、幾分かましである。
「さっ……さと、帰ろうか……」
「あっ」
祖母の手を引いたうにゅほが、思いついたように口を開いた。
「てぶくろしたら?」
「──……あー」
それは思いつかなかった。
エコバッグを下ろし、常備している厚手の手袋を両手につけた。
「おおー」
痛くない。
快適である。
夏場も、軍手のひとつくらい携帯しようかしらん。
「ただいまー、と」
車内からエコバッグを引きずり出し、玄関へと足を向ける。
「あ!」
小さく声を上げて、うにゅほが小走りに俺を追い越した。
「走ったら危ないぞ」
「ごめんなさい」
謝りながら、風除室の引き戸を開く。※1
「わたし、あけるね」
「ありがとう」
両手が塞がっているため、本当にありがたい。
俺が風除室に入るのを見届けたあと、うにゅほが再び俺を追い越した。
「はい!」
玄関扉を開き、導くように片手を上げる。
「──…………」
なにも言わなければどうなるのか気になったので、無言で玄関をくぐった。
靴を脱いでいる最中、うにゅほが三度俺を追い越した。
「はい!」
そして、防寒用の内扉を開き、楽しげに俺を導いた。
「えーと……ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして!」
どうしよう、言おうかな。
「──…………」
水を差すのも悪いので、やっぱりやめておこう。
いちいち俺を追い越さずとも、最初からすべての扉を開けばよかったのに──なんて、わざわざ口にする必要はない。
二言三言うにゅほと会話を交わしていると、祖母が俺たちを追い越して、言った。
「待ってないで、ぜんぶ開ければいいしょ」
ばばあ!

※1 風除室 ── 外気の流入を緩和するため、玄関の前に設けられた小部屋のこと。玄関フードとも。
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2013
02.19

うにゅほとの生活452

2013年2月19日(火)

昨夜のことである。
「──……すー」
吐息の音が耳朶に触れる。
「──……ぷすー」
ちらりと横目で窺う。
ソファの上でうにゅほが眠っていた。
読書をしながらそのまま寝入ってしまったのだ。
時刻は午前二時を回っている。
俺は悩んでいた。
俺の寝床であるソファを占拠されてしまったのは、大した問題ではない。
うにゅほの寝床を使えばいいだけの話だ。
しかし、である。
「どうして掛け布団の上で寝てるんだ……」
普段俺が使用している布団やら毛布やらをわざわざ敷いて、その上で高いびきを決め込んでいるのである。
このままにしておくと、確実に風邪を引く。
かと言って、うにゅほの寝床から布団を持ってくると、今度は俺が風邪を引く。
ストーブをガンガンに焚いて対処してきたが、朝まで続けることはできない。
「──…………」
ちらりと横目で窺う。
これ以上ないくらい安らかな寝顔である。
「……はァ」
音がしないよう静かに立ち上がると、ソファの傍に膝をついた。
「これはまた、いぎたない……」
あられもない寝相である。
よくソファから落ちなかったものだ。
室温が高いせいか着衣も乱れており、へそどころか下着まで僅かに覗いている。
「──…………」
へそに指を突っ込みたい衝動を抑え、パジャマのすそを整えた。
さて、どうしようか。
うにゅほの鼻をつまんで起こしてしまうのは楽だが、いささか心苦しいのも事実である。
寝入りばなに寝床まで誘導しなかった俺にも責任の一端はあるからだ。
「──……ふすー」
「──…………」
ごくりと喉を鳴らす。
うにゅほの寝息が、俺の耳朶と、俺の心に潜むある衝動をくすぐった。
眠っている女の子を起こさないように、お姫様抱っこで布団まで運んでみたい!
漫画でよくあるシチュエーションが空前のスケールで今ここに蘇る。
「やるしかない……!」
俺はさっと立ち上がると、うにゅほの寝床を整えた。
掛け布団の上から掛け布団の上に運ぶというアホなことはしたくない。
「──……さあて」
両手を擦り合わせながら、うにゅほの前に立った。
うにゅほは小柄で、体格も華奢である。
さほど苦労もなく運ぶことができるだろう。
「よし」
うにゅほの背中と膝に手を回し、意気揚々と立ち上がろうと──
「──……ぐ……ぅ!」
両腕を、甚大な負荷が襲う。
よく考えたら、うにゅほがどれほど軽くとも、米袋の数倍はあるのだ。
「どっ……せい!」
なんとか体勢を立て直す。
一度持ち上げてさえしまえば、なんてことはない。
寝ていたのがソファでよかった。
床の高さなら絶対に無理だった。
「──……あっ」
今からうにゅほを下ろすのは、床と大差ない高さの寝床である。
軽く眩暈がした。
しかし、人間は考える葦である。
寝床の傍に膝をつき、正座をすることで、両腕と腰への負担を最小限に抑えたのだ。
「ふうっ」
吐息を漏らし、横たえたうにゅほに視線を下ろす。
「──……すー……」
よく寝入っているようだ。
うにゅほに布団を掛け、そっと腰を上げた。
静かな達成感がある。
翌日は昼まで泥のように眠り、うにゅほに叩き起こされた。
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