2012
11.30

うにゅほとの生活372

2012年11月30日(金)

今朝、愛犬が死んだ。
十六年生きた。
口吻の長い犬だった。
最後まで、弟にだけは懐かなかった。
死に目を看取ったのは祖母で、俺を起こしたのはうにゅほだった。
うにゅほはなにも言わなかったが、起こされたという事実に嫌なものを感じ取り、階下へと向かった。
あと数分早く起きていればと後悔はすれど、それは後知恵に過ぎないだろう。
愛犬の頭を持ち上げて、そっと戻した。
眼球に指を触れて、死んでいることを確認した。
死に水だけでもと愛犬の口元を注射筒で濡らし、ゆっくりと自室へ戻った。
うにゅほが部屋に入る前に扉を閉め、背中を預けた。
弱いところを見せたくなかった。
死ぬことはわかっていた。
見るからに衰弱して、もう動くこともできなかった。
でも、今日死ぬとは思っていなかった。
明日までは命を繋いでいるだろうと、いつまでも思っていたかった。
歯を食いしばりながら数分ほど涙して、扉を開いた。
うにゅほも泣いていた。
堰を切ったように、こわい、こわいと泣きじゃくっていた。
布団の上に腰を下ろし、無言でうにゅほの背中を撫でた。
泣き疲れて眠ったうにゅほに半纏を掛けて、ソファの上で横になった。
頭が痛かった。
考えなければならないことは幾つかあったが、今だけはなにも考えたくなかった。
布団を引き上げて、またすこしだけ泣いた。
ぐちゃぐちゃで、わけがわからなくて、つらくて、くるしい夢を見た。
慌てて目を覚まし、思った。
しばらくは夜が長くなりそうだ。
それでも、うにゅほにだけは心配を掛けたくないと。
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2012
11.29

うにゅほとの生活371

2012年11月29日(木)

冬になると、唇が割れる。
大して痛くもないのだが、気になって舐めたり噛んだりしてしまう。
薬用のリップスティックがあったはずだと机の引き出しを漁ること数分、プラスチック製の下敷きの更に下から見つかった。
「──…………」
さっそく塗ろうとして、はたと気付く。
「……××」
「んー」
「これ、覚えてる?」
濃緑色のリップスティックを掲げて見せる。
「あ、あれだ」
「そう、それだ」
「ちがう! あの、あの、すーすーするやつ」
「そう、それだ」
「それが、どうしたの?」
「そこなんだよなあ……」
大袈裟にかぶりを振り、うにゅほに尋ねた。
「これ使ったの、いつだったか覚えてるか?」
「……きょねん?」
「そう、去年なんだよ」
日記を遡って確かめたから、間違いない。
「去年から使ってないリップスティックって、衛生的に大丈夫なのかな……」
「んー……」
しばし唸ったあと、うにゅほが口を開いた。
「だいじょぶ……じゃ、ない?」
「大丈夫なの? 大丈夫じゃないの?」
「だいじょぶじゃない?」
「どっちだよ……」
「だいじょぶ! だいじょうぶです!」
うにゅほ曰く、薬用だし殺菌効果もたぶんあるから恐らく大丈夫だと思うらしい。
「でも、すーすーするのってメントールだから……」
殺菌作用とかあったかな。
「だいじょ……ぶ?」
うにゅほも自信がなくなってきているようだ。
「なにより、ほら」
チェアから腰を上げ、リップスティックの先をうにゅほの眼前に差し出した。
「なんか、赤茶色のがついてる」
「あー……」
「なんだろ、これ」
唇の皮か、唾液が変色したものか、食べもののカスの成れの果てか。
「だいじょぶ……じゃない、ね」
「ちょっと抵抗あるよな」
「あたらしいの、かうの?」
「いや、もったいないから──」
ティッシュを一枚ドローし、リップスティックの先を強めに拭う。
「こうする」
「つかうんだ……」
「……××も塗るか?」
「あ、うん……ちょっと……」
視線を逸らされた。
至極まっとうな反応であるが、ほんのすこしだけ傷ついた。
傷つくとわかっていて、何故俺は、嗚呼。
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2012
11.28

うにゅほとの生活370

2012年11月28日(水)

ふりかけが切れた。
もう切れた。
一日三食やたらめったらふりかけていれば、備蓄を含めて三袋が数日で消えてしまっても無理はない。
しかし、白米に味噌汁だけではあまりに寂しい。
ねこまんまという手もあるが、それは最終手段である。
「コンビニ行くかー……」
茶碗に盛ってしまったごはんを炊飯器に戻し、菓子パンと牛乳を前にして臨戦態勢に入っていたうにゅほに声を掛けた。
「コンビニ?」
「ふりかけないかなと思って」
「スーパーいかないの?」
「あー……」
最寄りのコンビニもスーパーも、距離としてはどっこいどっこいである。
むしろ、スーパーのほうが近いかもしれない。
「なんか、コンビニのが手軽な気がして」
「ふうん?」
スーパーは広すぎる、気がする。
なんかこう、行くのに気合がいる、気がする。
「まあ、コンビニ行って、なかったらスーパー行こう」
「うん」
ジャケットを羽織り、玄関へ降りた。
「──…………」
すこしだけ逡巡し、サンダルに爪先を触れる。
「えっ」
うにゅほが絶句した。
「サンダル、はくの?」
「あ、うん。近いし、コンビニだし……」
「ゆきつもってるのに?」
「車で行くんだし……」
「すべってころぶよ! ころんでしぬよ!」
「死にはしないと思うけど……」
なんだ、君は僕を殺したいのか。
「いや、なんかさ……この靴、履きづらいんだよ」
コンバースのスニーカーを視線で示す。
「ちいさいの?」
「そうでもない。なんて表現すればいいかわかんないけど、この靴ってなんか、その──深いだろ?」
自分で買っておいてなんだけど。
「じゃあ、こっちのかわぐつは?」
「ちょっとつっかけてコンビニ行くって感じの靴じゃないしなあ」
「ごついけど……」
「それに、ほら……前の革靴、底取れちゃったろ。覚えてるか?」
「かぱかぱになってたね」
「これ高かったし、あんまり履き潰したくないなーと」
「ごついよ?」
「いや、まあ、考えすぎだと思うけど」
本当は履くのがちょっと面倒くさいからだし。
「でも、サンダルだめだよ。すべってしぬよ?」
受験生には聞かせたくない言葉だ。
「まあ、なあ……」
時期的に非常識だとも思うし。
「じゃあ、サンダルはもう靴箱に封印しよう。誰かが間違って履かないように」
「うん」
うにゅほが神妙な顔で頷いた。
コンビニにふりかけは見当たらず、結局スーパーまで足を伸ばすこととなった。
冬場につっかけでスーパーへ行くのはいささか勇気がいるし、うにゅほの言葉を素直に聞いておいて正解だったかもしれない。
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2012
11.27

うにゅほとの生活369

2012年11月27日(火)

暴風雪に落雷という、この世の地獄じみた天候だった。
そんなこともあるのかと調べてみたら、雷雪という自然現象らしい。
家は揺れ、雷光閃き、雷鳴轟く。
暴風くらいでは動じなくなってきたうにゅほも、さすがに怯えているようだった。
「おーい」
ソファの上で俺の布団を占拠し丸くなっているうにゅほに声を掛ける。
顔も出ていないが、苦しくはないのだろうか。
「おい、おーい」
ゆすってみる。
「──…………」
動かない。
仕方がないので、布団のなかに手を突っ込んでくすぐってみた。
なにか変なところに触れたような気もするが、まあ役得としておく。
「──ふはあ! なにすんの!」
うにゅほがようやく顔を出した。
「いや、聞こえないみたいだったから」
「きこえてるよ!」
「じゃあ、答えてくれよ」
「こたえてるよ!」
布団のなかでもごもご言われてもなあ。
「いや、ちょっと病院に書類持ってかなきゃだからさ。××はどうするかなって」
「い──く……え、そと?」
「まあ、外には出る」
「どうしよう……」
「怖かったら、婆ちゃんのところにいたらいいんじゃないか」
犬の様子も見ていてもらえたら、ありがたい。
「でも、だって、かみなり……」
「そうそう落ちないって」
「おちたらしぬ!」
そんなに思いつめなくても。
「いいか、××。ファラデーの箱というものがあってな──」
以下、雑学の披露がしばらく続く。
「──そういうわけで、雷が落ちても自動車のなかは比較的安全なんだよ」
「…………?」
「安全なんだよ」
「そうなの……」
よし、丸め込んだ。
「それで、どうする? 一緒に行くか?」
「い、いく……」
「そっか。なら、さっさと行ってさっさと帰ってこよう」
「うん」
ジャケットを羽織り、準備を整える。
「ねえ、◯◯?」
「んー」
「ずっと、くるまにいたらいいじゃない」
「嫌だよ……」
用事を済ませて病院から出るころには、雷はもう止んでいた。
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2012
11.26

うにゅほとの生活368

2012年11月26日(月)

「たっけたー、たっけたー、ごっはんっがたっけたー」
上機嫌に歌いながら、うにゅほが自室の扉を開いた。
最近、オリジナルソングを口ずさむことが多いような気がする。
しかし、残念ながらその曲はカラオケに入っていないのだ。
「◯◯、ごはんだよ!」
改めて言わなくても伝わっている。
ゆっくりと腰を上げ、首を回しながら部屋を出た。
「たっけたー、たっけたー……」
妙に耳に残るフレーズである。
夕飯は、サラダと味噌汁だった。
なんて豪勢なのだろう!
たまごと肉のそぼろを前に手を合わせているうにゅほの隣で、たまごかけごはんを作る。
俺は永遠のダイエッターである。
「──……ふむ」
ずっと思っていたことがある。
卵かけごはんは、ごはんにくぼみを作り、卵を落として混ぜながら食べる。
しかし、我が家では違う。
まず生卵を深皿に落として溶いたあと、ごはんを入れて掻き混ぜるのである。
後者のほうが均等に混ざり、美味しい──と思う。
「でも、これってたまごかけごはんじゃなくて、ごはんかけたまごだよな」
「そんなこといわれてもなあ……」
そぼろを選り分けながら、うにゅほがそっけなく答えた。
「××はどっちが美味しいと思う?」
「ちゃんとまざるから、うちのほうがおいしいとおもう」
「だよなー」
どちらが一般的なのだろう。
茶碗で作ろうとすると、どう考えても容積が足りない気がするのだけど。
「──んで、××はなにやってんの?」
「にくと、たまごを、わけてる」
「……なんで?」
「にくは、あじがこいから、ごはんとたべる。たまごはうすいから、そのままたべる」
「そうか」
まあ、好きなように食べればいい。
それより重要なことがある。
「じゃん! 丸美屋の最終兵器、のりたま!」
未開封ののりたまを掲げ、切り口を一気に裂いた。
今週のジャンプを求めて外出した際、一緒に買っておいたのだ。
「たまごかけごはんに、のりたまをかけて食べる──こんな贅沢なことがあっていいのだろうか」
「そうなの?」
「そうなの!」
たまごかけごはんに、更にのりたまをかける。
なんて美しい。
そうだ、これをのりたまごかけごはんと名付けよう。
一口食べる。
「うまい」
「どれくらい?」
「いや、まあ、普通にうまい」
想像を超えるでもなく、下回るでもなく、ごく普通に美味である。
「ふうん?」
うにゅほはうにゅほで、肉そぼろのみをごはんにかけて食べていた。
それはそれで美味そうだった。
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2012
11.25

うにゅほとの生活367

2012年11月25日(日)

欲しいものがあったような気がして、百円ショップへ寄った。
もし思い出せなくても、適当に商品を見て回るだけで会話の種になるし、けっこう楽しい。
「──あっ」
コスメのコーナーに足を踏み入れたとき、不意に思い出した。
「毛抜きを買おうと思ってたんだ」
「けぬき? なんで?」
「いや、なんか見当たらなくて」
小物を失くすのは、よくあることだ。
「つくえと、かべのあいだは?」
「あー……」
落ちているかもしれない。
しかし、デスクを動かすのは面倒である。
百円なのだし、買ったほうが確実で手間もかからない。
「──…………」
なんてことを言ったら、うにゅほに怒られそうな気がする。
「まあ、予備があってもいいじゃない」
「そう?」
「そうそう」
家に帰っても探さないと思うけど。
我が家の毛抜き埋蔵量は、いったいどれくらいなのだろう。
十本くらいは隠れていそうな気がする。
「あとは──」
視界に爪切りが映ったので、手に取ってみた。
「つめきり、あるよ?」
爪切りは、自室、リビング、各所に点在している。
「あるのは知ってるけど、ほら」
うにゅほに爪切りのパッケージを見せた。
「プラスチックでサイドを覆ってあるだろ?
 こういう爪切りって、爪が飛ばない──らしいんだよ」
家にある爪切りはすべて貰いもので、カバーなど望むべくもない。
「ふうん……つめ、とぶもんねー」
「飛ぶ。コメツキムシみたいに飛ぶ」
「コメツキムシってみたことない」
「飛ぶぞー」
裏返しの状態から戻るために飛び跳ねるそうだが、それにしたっていくらなんでも飛ぶ。
帰宅し、シャワーを済ませたあとで、カバー付き爪切りを試してみることにした。
「××、近い」
そんな間近で凝視しなくとも。
うにゅほが顔を離すのを確認し、親指に爪切りをあてがう。
ぱちん!
「あ、飛ばないな」
「ほんと?」
手皿の上で爪切りを振ると、切った爪が落ちてきた。
「ほら」
「ほんとだ」
これは使えるかもしれない。
「わたしもやってみたい」
「全部切るまで待ってくれよ」
爪を切り終えて、爪切りをうにゅほに手渡した。
ぱちん!
「飛ばないだろ?」
「とばないけど……おおきくて、きりにくい」
うにゅほの指には大きすぎたらしい。
「あ、あしのつめなら」
「こないだ切ってただろ」
たぶん、まだ伸びていないはずだ。
うにゅほは、なんとなく残念そうにしていた。
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2012
11.24

うにゅほとの生活366

2012年11月24日(土)

肩が凝っている。
寒さに次いで雪まで積もった日には、もう冬ごもりしかない。
動かなくなると、筋肉が固くなる。
桶屋が儲かる、もとい肩が凝る。
実のところ腰も痛いのだが、そちらは緊急性の高さゆえに幾つかの対策を講じている。
日常的に気になるのは、やはり肩である。
「お、う……」
左肩の筋を、右手で揉みほぐす。
固い。
具体的に言うと、軟骨かってくらい固い。
「──…………」
腕を揉んでみる。
しなやかである。
力も入れていないのに、どうして肩だけこんなにも固いのだろうか。
首は、頭部を支えているためだ。
腰は、二足歩行への進化を果たした人体にとって基幹となる部分である。
では、肩は?
両腕がぶら下がっているからだろうか。
散漫な思考に没しながら自分の肩を揉んでいると、うにゅほが不意に俺の手に触れた。
「もんであげる」
「ああ、うん。ありがとう」
上体をひねり、うにゅほが揉みやすいよう位置を整える。
もみもみ。
「きもちいい?」
握力が致命的に足りない。
何度か揉んでもらったことはあるのだが、そのたびに思う。
心地いいが、気持ちよくはない。
「もっと、こう、思いっきりギュウギュウに力入れてもいいよ」
「いたくない?」
「痛いくらいがいいんだよ」
もみ、もみ、ぎゅうー。
「ど……、お?」
ちょっと気持ちいい。
「……はー」
でも、数もみでうにゅほの体力が尽きかけている。
このまま続けてもらうのも、気が引ける。
どうしようかと頭を巡らせた矢先、ふと思い出したことがあった。
「あのさ」
「なに?」
「揉むんじゃなくて、ちょっと叩いてみてくれるか?」
「たたくの?」
「た」の連続する言葉として幼稚園児や小学生を中心に一世を風靡した、かたたたきである。
アニメやドラマなどで、孫が祖父母に行なっている光景をよく見かける。
「あれ、いまいち気持ちよさそうに見えないんだけど、実際はどうかなって」
「やってみる」
とん、とん、とん、とん。
うにゅほの拳骨が、一定のリズムで優しく両肩を叩く。
「きもちいい?」
「──……うん」
心地いいが、気持ちよくはない。
しばらくは肩の凝りと戦い続けなければならないだろう。
礼を言って、うにゅほの肩を逆に揉んであげた。
相変わらずのゆるゆるぷにぷにだった。
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2012
11.23

うにゅほとの生活365

2012年11月23日(金)

雪が積もった。
両親の寝室の窓から覗く景色が、ただ一面に白い。
「根雪になるかもしれないな……」
11月の積雪は一度すべて解けるのが常だけれど、何事にも例外はある。
「そうだねー」
窓ガラスに両手で触れながら、うにゅほが頷いた。
「あれ、根雪ってなんだか知ってるの?」
「しってるよ」
知らないだろうと思っていた。
「ゆきの、いちばんしたのゆきでしょ?」
「そうそう」
「きのう、おとうさんとおかあさんがいってた」
「日が浅いな……」
得意げにしないところが、うにゅほらしいと言えば、らしい。
冬は日が短い。
太陽の名残は、午後五時にはもう稜線にすら留まっていなかった。
これでまだ冬至を迎えていないというのだから、気がくさくさしてしまう。
タイヤ交換を済ませたミラジーノに乗り込み、DVDを返却するためゲオへと向かった。
買うものも借りるものも特になかったため、すぐに帰宅の途についた。
「なんか、甘いもの食べたいな……」
「うん」
「なに食べたい?」
「あんこがはいってるのがいい」
「俺は、あれだな……」
口にしてから、考える。
「ああ、そうだ。わらび餅がいいな」
「わらびもち?」
「食べたことなかったっけ」
すくなくとも、俺にその記憶はない。
「あ──……るぅ?」
なさそうだ。
「ちょっと遠回りになるけど、セブンイレブン寄って行こう。
 たしか、売ってるの見たことある」
「どんなの?」
「やわらかくて、あまいお菓子だよ」
「だいふく?」
「ちょっと違う」
和菓子の半分くらいは、やわらかくてあまい気がする。
自宅の近所にあるセブンイレブンで、わらび餅を購入した。
車内でケースを開く。
「しょうゆついてるよ」
「それは、黒みつだな。まずは、なにもつけずに──あれ?」
プラスチック製の刺すやつが見当たらない。
車内が薄暗いせいかとライトをつけてみたが、やはりない。
「帰ってから、爪楊枝で食べるか……?」
「えー」
気持ちはわかる。
最初から家で食べるつもりだったなら、なにも問題はなかった。
しかし、心のいただきますは既に済んでいるのだ。
「……手で食べるか。
 きなこまぶしてあるから、大福とそう変わらないと思うし」
「うん、うん」
しっとりとしたわらび餅を指先でつまみ、ふるい落とされるきなこを手皿で受けながら、口元へ運ぶ。
うにゅほも同様の仕草で、わらび餅を頬張った。
「ふまい!」
「××、きなこ飛んでる」
「ごめんなさい」
「まあ、あれだ。黒みつつけても美味しいけど、それはまた今度な」
「うん」
プラスチック製の刺すやつは、わらび餅の下から出てきた。
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2012
11.22

うにゅほとの生活364

2012年11月22日(木)

忙しい一日だった。
午後一番で市役所へ行き、空欄を埋めた書類を提出した後、また新しく記入する書類を手渡された。
「あ、はつねミク」
うにゅほが市役所の掲示板を指さした。
そこには、赤い羽根共同募金のポスターを飾る初音ミクの姿があった。
いいのか、これ。
「はっつねミクー、はっつねミクー」
自作の初音ミクの歌をワンフレーズだけ口ずさみ、うにゅほが言った。
「はつねミクって、なにしてるひと?」
……人?
「えっと、歌手?」
間違ってはいまい。
市役所へ行った足で、以前掛かっていた病院へと赴き、診断書を受け取った。
相変わらず、手間のわりに高額である。
その後、スーパーマーケットなどを経て、床屋を経営している伯父を訪ねた。
散髪しているあいだ、家庭環境から世界情勢まで、気の滅入るような雑談をした。
伯父とは、よくこういう会話をする。
うにゅほは奥の間で伯母と世間話をしているので、気兼ねなく伯父と話すことができた。
「さっぱり、さっぱり」
俺の後頭部を撫でるうにゅほを放置しながら、親戚価格の散髪代を支払う。
そして、財布をジーンズの後ろポケットに収めた。
「相変わらず、財布を仕舞うときだけカッコいいよなあ」
伯父があごを撫でながら言った。
「うん、カッコいい──です、です」
え、なにそれ。
「……なんか変だった?」
「わざとやってるんじゃないのか?」
「わざともなにも」
「いや、まるで拳銃をホルスターに入れるみたいに仕舞うからさ」
え、なにそれ。
脳内でシミュレートしてみる。
まず、財布の持ち手を空中で調整し、ヒップラインを指でなぞりながら最短距離で財布を──
「……やってる」
完全に無意識だった。
というか、無意識に行動を最適化した結果だった。
「カッコいい──です、よね?」
うにゅほが不自然な敬語で伯父に話しかける。
「ああ、カッコいいな。そこだけ」
そこだけカッコいいと、逆に滑稽ではないか。
「もっかいやって」
「嫌です」
これだけカッコいいカッコいい言われたら、もう二度とできない。
財布の仕舞い方を改める必要がある。
夕刻に帰宅し、寝たきりの愛犬にエサを与えた。
愛犬は、あまり食べなかった。
オムツを交換したあと、携帯に着信があった。
うにゅほからiPhoneを受け取り、確認したところ、友人からの他愛ないメールだった。
「あ──……」
画面に表示された日付けを見て、思い出した。
うにゅほに向き直り、告げる。
「今日は、11月22日だったんだな」
「? うん」
「十六年前の今日だ。こいつが、うちに来たのは」
目の開いていない愛犬を撫でる。
まだ息をしている。
「じゃあ、わたしの、おにいちゃん?」
「そうだな」
いつの間にか、最年少ではなくなっていたんだな。
「そっか……」
うにゅほが愛犬の長い口吻を、軽く掴んだ。
愛犬は、うにゅほの手を押すように、やんわりと前足を動かした。
俺とうにゅほは、顔を見合わせて、すこしだけ笑った。
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2012
11.21

うにゅほとの生活363

2012年11月21日(水)

「わあー……」
うにゅほが窓ガラスに張り付き、吐息で曇らせていた。
「ゆきだー……」
「初雪ってわけじゃ、ないだろ」
「ふぶいてる」
「一昨日は吹雪いてなかったのか」
「ふぶいてた」
急に頭が重くなったような気がした。
「……まあ、珍しがれるうちに、珍しがっておけばいいよ」
「うん」
子供のころは、俺もこんな感じだったのだろうか。
天気予報を信じて時間を潰し、晴れ間が覗くのを確認して外出することにした。
あてもなく、自動車でぶらぶらと。
「それ、よかったな」
うにゅほの羽織っている薄いベージュのコートを指して、言った。
父親と弟からの誕生日プレゼントである。
「へへー」
うにゅほは軽く照れ笑いを浮かべると、
「てぶくろもあるよ」
そう言って両手を掲げてみせた。
真っ赤なミトンである。
「ミトンはまだ早くないか?」
「ミトン?」
「そういう手袋のこと。ヒーターつけてるから、すぐ暑くなるよ」
「だいじょうぶ」
「外してポケットに入れといたほうがいいと思うけど」
「だいじょぶ!」
陽射しとの相乗効果で、案の定車内は晩春のような気温となった。
随分と暑そうにしていたが、うにゅほはミトンを外そうとしなかった。
お気に入りらしい。
リサイクルショップで暖かそうなジャケットを購入し、昼食を取ることにした。
「なに食べたい」
「あんこがいい」
「それはデザートで」
喧々諤々の議論の末、パスタということになった。
席に案内され、うにゅほにメニューを手渡す。
俺は、カルボナーラと決めている。
「うーん……イカスミ、かな……」
嫌な予感がした。
注文も済ませたあと、うにゅほに言った。
「コートは脱いでおいたほうがいいと思う」
「なんで?」
「おろしたてのコートに、セピア色の汚れなんてつけたくないだろ」
うにゅほはしばし黙考し、
「……おろしたて?」
「そこかよ」
意味を説明すると、うにゅほは納得してコートを隣席に置いた。
薄い色のコートは汚れる運命にある。
気に入っている様子だから、綺麗なまま長く使えるといいと思った。
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